「今日は、ありがとうござました。いろんなこと気軽に
聞けて、解決も見えてきたのでほんとよかったです。 でも、やっぱ、
ここにくるの怖いッスよ。」
えー、僕のどこがこわいん?この丸顔でタレ目で善人を絵に描いたような
人間を目の前にして!!
「いやいや、にしむーさんのことじゃなくて、司法書士とか弁護士の
事務所って怖いじゃないですか。悪徳かもしれへんし、何やってるか
わからないし・・・。」
事務所の中で包丁でも研いでるところを想像しているのだろうか・・・
まあ、確かに僕もこの業界に入るまでは、司法書士にも弁護士にも
会ったことなかったし、普通の生活してたらあんまり会う機会ないかも
しれません。
でも、同業の人たち見ても思うのですが、みんな優しくて、熱くて、
普通で、いいやつが多いですよ。
もっと僕らがみなさんの近くに居るってことを浸透させていきたい
と思う今日この頃でした。

懇親会での、かつおのたたきおいしかったです。。。
もちろん、研修も勉強になりました。
僕は司法書士は登記の仕事からスタートしたものとばかり思ってました。
しかし、違いました。
司法代書人と呼ばれていた明治時代には訴状などを作成する裁判事務を
業務としていたのです。
司法書士は常に「市民の方々のニーズ」に基づいて存在する仕事であったことが
わかりました。
そんな高知研修からもどり、事務所に来ると、訃報が届いていました。
借金問題に取り組む司法書士事務所なら必ずといっていいほど置いてある

の共著者の一人である、田中祐介さんが44歳の若さでお亡くなりになりました。
祐介さんは僕の所属する大阪青年司法書士会の先輩であり、一週間前まで元気に
されてたので余りに突然な出来事に信じられない気持ちで一杯です。
祐介さんは司法書士が簡裁訴訟代理権を得るずっと前から借金問題に取り組んで
来た方です。
もっともっと祐介さんからいろんなことを学び、酒を飲みたかったのに残念でなりません。
僕たち若手司法書士は先輩達が築いてきた礎に感謝し、常に「市民の方々のニーズ」
に応えるべく精進していかねばならないと強く思いました。
祐介さんの冥福をこの場を借りてお祈り申し上げます。
ありがとうございました。
(感傷的で、わかりにくい文章になってすいません。)
いえいえ、そんなことはどうでもいいのです。
5月といえば、司法書士試験の願書提出というビッグイベントを思い出します。
この試験は願書提出順に受験番号がふられ、その番号で受験する教室が決まります。
1〜100番くらいの教室はもうすごいピリピリ感だそうです。みんな目が血走っています。
最後の教室(京都受験だと1100番以降)はゆったりムード。もともと教室の1/3は空席で、
記念受験も多いので当日来ない人も多いです。
そして、全科目勉強してない人は午前中で帰るか、午後の試験では寝るかしています。
5回も受験した僕はいろいろ試しました。
大安に出すと決めた年はどしゃぶりの中を提出に行き、写真がふにゃふにゃでした。
縁起を担いでも効果はありませんでしたが。。。
結局、最後の教室になるよう願書を提出するのが自分の性に合ってたようです。
周りはゆるゆるでも、自分は切羽つまってたので、必死で集中しやすかったのです。
最後の教室になるように僕は法務局近くに住んでるのに、あえて提出期限最終日に
郵送してました。
提出期間は2週間あるのですが、最終日まで待つのは忍耐のいることです。
出し忘れたら試験受けられないのですから。
何人の受験生がこのブログを読んでくれてるかわかりませんが、ベストを尽くせるよう
祈ってます



